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尾張高野山宗総本山 大慈山 岩屋寺

笠森神社

経蔵と並びお祀りされている笠森神社は、旧山海村に住んでいた山本助左衛門と言う村人が、上州(現在の群馬県あたり)に出向いていた際に目の病にかかり、失明しかけた所を現地に祀られていた笠森神社に願掛けした所、治ったことから、帰郷後、自宅近くの岩屋寺塔頭であった谷ノ坊にお社を建立し、これをお祀りしました。

眼病平癒に霊験あらたかだと言うことで、多くの参詣者が絶える事が無かったそうですが、助左衛門の死により近隣の願いもあり岩屋寺に併祀する事になりました。

笠森神社

 平安時代末に保元の乱に破れ、大島に流罪となった鎮西八郎(源為義・・頼朝の叔父)は、清水の港から出航前。今も静岡県にある月見里神社に航行の安全を祈願し、笠を奉納しました。その為に笠守(笠森)神社と呼ばれるようになったと言われています。

 

 【かさもり】から瘡蓋(かさぶた)=疱瘡にも効力があると言われ、多くの参詣者を集めました。江戸時代には上州、舘林城主、松平光君公が子どもの疱瘡に悩んでいましたが、鎮西八郎が奉納した笠を子供にかぶせた所、たちどころに治ったと評判になり、更に多くの人がお参りするようになったと伝わっています。